このほど2週間という長期に渡って、4人の創立者たちに所縁のある場所を訪ねるアメリカ取材を終えた志茂田景樹先生に、その感想や物語の構想についてお聞きしました。
―アメリカでは2週間も取材に歩き回られました。先ずは全体の印象や感想はいかがでしたか。
トロイにて
志茂田先生:
3月10日から23日までの日程でしたが、それほど疲れてはいませんよ。元気(笑)!なによりもうれしかったのは、当初の予想を超える成果があったとこと。例えば大学の資料や記録に残されていた記述の確認はもちろんのこと、新たに新事実が出てきたところもあって、やはり実際に行ってみないと分からないことも多い。小説を書くための有意義な取材ができたと思っています。今後、大学側も機会があれば調査団のようなものを作って、じっくりと時間をかけて調査をすれば、もっともっと多くのことが分かってくるのではないかと感じました。訪ねた大学はコロンビア、ラトガース、エール、ハーバードと4大学だったけれど、どこの大学の担当者も貴重な時間を割いて、実にきちんと対応をしてくれました。事前に資料を用意してくれていたり、僕たちの質問にも一生懸命に応えてくれたりと、ね。それを可能してくれたのは、もちろん育友会の方々や専修大学のスタッフの方たちのおかげ。感謝しています。
―大変精力的に取材をされましたが、一番印象に残っていることはなんでしょうか。
トロイの歴史協会にて
志茂田先生:訪ねたどこにも無駄な場所はなかったけれど、取材後半で訪ねたトロイでのことが一番でしょうか。ここは本当に予想以上の収穫でしたね。このトロイという所は、目賀田種太郎がハーバード大学のLaw School に入学する前に、英語や普通科を学んだ学校があるんだけれど、その学校のあった場所が現存しているかどうかも分からない状態で訪ねたんですね。そこで偶然見つけた観光協会のようなところで、歴史協会を教えてもらったの。1870年代という昔のことなら、とね。それこそ、アポイントなしの突撃取材だったのですが、そこで分かったのは、これまで目賀田が通っていたのは「トロイのアカデミー」と大学の記録にはありましたが、正式名称は「トロイアカデミー」だということや、場所も特定できたんです。今は「HEALTH BUILDING」という建物になっていましたが、そこは、ゆるやかな丘の上にあって、実におだやかで静かな印象でした。当時の目賀田も、こんないい環境の中で学んだのだと思います。その頃すでに作られていた教会が今も現存しており、実際に訪ねてみました。多分、目賀田も通ったのではないかと思います。歴史を感じさせる教会でした。調べていただいた歴史協会には、その頃の地図や住所録(電話帳のようなもの)があって、そこから確認できたのですが、本当に予想外の展開で、僕もワクワクしてしまいました。
―4人の創立者たちにどんなイメージや印象がありますか。
志茂田先生:田尻と相馬が官軍側に、目賀田と駒井は徳川に与する家の生まれと、立場の違う4人がアメリカで明日の日本を語り合ったんですから、不思議なもんですね。物語の展開として、やはり相馬が中心となると思うけれど、登場人物が2人や3人よりも4人のほうが書きやすいの。当初から僕のなかでは駒井が一番、印象がうすかったのですが、アメリカにきて少しずつ彼の人物像も固まりつつあるので、安心しました。
―連日取材の予定が詰まっていましたが、お食事を楽しんだりご趣味のウォーキングをするお時間はありましたか。
志茂田先生:ありましたよ。日本での普段の食事には気を使っているほうだけれど、郷に入っては郷に従えで、基本的になんでもいただきます。そういえば滞在中におもしろい日本食の店に入ったんですが、そこの「ひじき」はとても甘かった。日本ならとても食べられないものも、ここアメリカでは食べられるのだから、おもしろいですね。
もちろんウォーキングは続けましたよ。僕は朝が早いので、ニューヨークの街も楽しみました。今では自由自在、街には詳しくなりましたよ(笑)。
―実際に彼らの所縁のある場所や大学を訪ねられたり、街を散策されたりしましたが、先生のお気持ちの中で、なにか変化はありましたか。また、どんな作品になるのでしょうか。
志茂田先生:はじめにお話ししたように、やはり資料だけでは小説は書けないと思うから、実際に彼らの学んだ大学や逸話が残されている場所を訪ねられたことは、執筆していくうえで必要でした。取材中から、4人の若者たちが、僕のなかで動き出しているという感じです。たくさんの人たちに読んでほしいのですが、今の中学や高校生、大学生など若い人たちにはとくに読んでもらいたいと願っています。なぜなら、現代の若者たちに対していろいろ言われているけれど、その責任の一旦は大人たちにあるのだと思うから。夢や希望、未来への扉は開けていかなければ何事もはじまらないんです…。4人の生きた時代は違っても、作品で現代の若者たちに、そんな問いを投げかけることで、それによって何かを感じ取ってもらえれば、作家としてこんなうれしいことはない、と思っています。
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