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シリーズ われらイキイキ専修人
一期一会 出会いが人を成長させる
本人が言うには、「学生時代はプータロー。部活も勉強もほとんどやっていない」。
しかし、ゼミだけは別だった。所属したのは質、量ともにハードな勉強を課すことで有名な経営学部出牛正芳ゼミ。そこで消費者のためにどうあるべきかという理論を身につけた。
仕事はその理論を実践する場だった。
川上裕之 かわかみ ひろゆき
サントリーフーズ株式会社 常務取締役 首都圏支社長
1952年大阪生まれ。1977年経営学部卒。同年サントリーフーズ入社。現サントリーフーズ常務取締役、首都圏支社長。趣味はゴルフ、釣り、料理など。
ゼミで学んだマーケティング理論を実践
出牛ゼミではマーケティングを学んだ。30歳代で配属された部署で、コンビニエンスストア、スーパーマーケットなどへの営業を担当すると、そこが学生時代に身につけた理論を実践する場となった。
「学生時代は部活も勉強もせんと、遊んでばっかりいた。でも、ゼミだけはどういうわけかまじめにやっていたね。ゼミでは大いに議論した。マーケティングには興味があったんやろうね。それは社会に出てから、役に立っている。消費者のためによいことはどういうことか。そういう考え方が自然に身についている。小売流通はマーケティングの理論を実践できる場。お客様にとっての最大限のメリットってなんだと、そういうことを考えていた。」
サントリーの飲料水を売るために、小売店舗全体のサービスを考える。肉、魚、野菜などを含めた店舗全体としてのサービスを充実させることで、顧客満足度を高める。客足が増えれば、そこで売られる自社製品の売り上げも比例して伸びていく。
80年代はコンビニエンスストア、スーパーマーケットなどの店舗数が急激に増えていった時代でもある。大きな変化をしていく小売業界を相手にする仕事は、手ごたえがあり、これまでにないやりがいを感じた。動かす金額も増え、自分が会社を動かしているようにも思えてきた。
「そのころは天狗にもなっていたと思いますよ。この会社は俺が動かしているくらいに思っていた(笑)。自分が正しいと思えば相手が誰であろうとけんかも辞さなかったね。」
人生を変えた一言
学生時代に在籍した出牛ゼミには1週間に及ぶ合宿がある。合宿中は勉強漬けで、睡眠時間は平均3時間。
「与えられたテーマについて参考文献に目を通し、レジュメを作って、議論する。そうしているとあっという間に1週間たっていたよ。」
出牛ゼミは他大学と競う討論会に参加するのが、定例となっている。討論会では、あるテーマについて議論し合い、相手を黙らせたら勝ちだ。川上はディベートには自信があった。理論を構築して、理詰めで相手を説得する。ディベートではインナー大会で他大学をノックアウトした。
仕事でのやりとりでも遠慮はなかった。会社にとっては最大の取引先。そことの容赦ない商談はすぐに社内外に知られることになる。川上は自分の理論の正当性には自信を持っていた。事情を知る者の中には、川上を擁護する者も少なくはなかった。しかし、担当を外されることになる。
「川上、お前のロジックはよくできている。ただ、必ず“No”から入る。『できません。なぜなら〜』と。相手の意見を否定することからスタートするのではなく、まずは相手の意見を受け入れることからスタートしたら、お前はもっと良くなる。『分かりました。しかし〜』という、“Yes,but”を身につけろ。」
社長に言われた言葉だ。心に響いた。
「あのときが、ひょっとすると自分にとってのターニングポイントだったのかもしれない。」
半年後、部長に昇格。取引先とも和解し、再度担当を任されることになった。
人を育てる喜び
現在、人を育てる立場にある。
「人が伸びるときを見ていると面白いと思うよ。若い人を見ていると、伸びるとき、一気に成長するときというのがあるね。」
いろいろな出会いの中で川上も成長してきた。
川上が卒業した1977年は、上場企業の3分の2が採用を取りやめた就職難の時代だった。たまたま採用されたから入社した会社だったが、それも1つの出会いだった。
20歳代、車に飲料水を積んで酒屋を回るルート営業時代、いろんなタイプの酒屋のオーナーと折衝する中で、ぶつかったり、かわいがってもらったりしながら、多くを学んだ。
30歳代、広域営業部に配属されてからは、「烏龍茶」「蜂蜜レモン」といった商品がヒットし、小売業界とともにトレンドを作っていく面白さがあった。その中で、出会ったさまざまな人たち。
「営業成績の数字というのは運不運があるけど、人を育てるのに運不運はないと思う。部下が成長したとき、その喜びはほかに代えがたい。僕の場合は、人を伸ばすために、徹底的に話すようにしている。自分の持論も話して、相手の意見も聞いて、課題を与える。そうして、その人の弱みを克服させることで、成長させたい。」
好きな言葉は「一期一会」。人との出会いを何よりも大切にしている。
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