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先生紹介
副学長・文学部 荒木敏夫 教授
プロフィール:
担当科目は日本史概説、日本史特殊講義V、日本文化史、ゼミナールなど。主な著作は、『日本古代王権の研究』(吉川弘文館:H18)、『日本の女性天皇』(小学館文庫、小学館:H18)、『可能性としての女帝』(青木書店:H11)。
散歩と踏査 −歴史の楽しみ方−
平日、小田急沿線のいくつかの駅で、ハイク姿のシニアの集団が駅前に集合している場面に出くわす。こうした光景をよく見かけるが、健康増進を兼ねてもいるから、かなり盛んであることが推測できる。
私も、歩くことは好きであるが、時間がとれないことから「ぶらり旅」とまでいかないが、「ぶらり散歩」を時々楽しんでいる。この散歩、漫然と歩くのも悪くないが、ねらいを定めて歩くともっと面白くなる。
大学院の頃、京都の秋の学会に参加した後、奈良に1〜2泊して試みたのが、大和と河内を結ぶ竹内街道や竜田越え等の主要道路の踏査であり、奈良県内を南北に走る3本の主要道路の踏査であった。
古代畿内要図
これらのうち最も印象に残っているのが「下つ道」の踏査である。「散歩」とはほど遠いが、目的をもった歩きであり、「踏査」と言う方が相応しいであろう。
「下つ道」といっても、古代史好きで奈良によく行かれる方ならともかく、ほとんどの方はご存知ないものと思う。
「下つ道」は、「しもつみち」と訓み、奈良県内の南北を縦貫する限りなく直線を志向した古代の計画道路である。その成立は、7世紀にさかのぼるもので、その一部が現在の国道24号にほぼ該当する。
この「下つ道」は、平城京の羅城門を通過し、朱雀大路に通じる道路であり、古代の都へ上る人々は、この道路を利用することが多かった。ちなみに、日本では、中国の都城と異なり、京の周囲を羅城で囲わなかったが、羅城門は存在した。
出発は、大和郡山市にある羅城門跡であり、そこからひたすら道路痕跡をたどって南下した。歴史的に意味ある神社や集落を左右に確認しながら歩いてみて、7世紀の計画的な直線の道を確かめることができた。
こうした大学院の頃にひとりで行ったいくつもの踏査の経験や大学院でのゼミで行った「荘園調査」の経験は、現在も私の研究の基礎のひとつとなっている。
だからこそ、学部ゼミナールの学生に、その楽しさを伝えたいと考え、私のゼミナールは、毎夏の合宿は奈良・明日香への史跡見学を行っている。最近は、隔年で京都にも行くようにしているが、史跡見学の効果は、奈良・明日香が優れていると思える。
もっとも、「効果」といっても、劇的に現れることは少ない。それはある意味で致し方のないことである。私も学部の学生であった頃、たいして変わらぬ学生であった。
卒論を書く必要から、ひとり、近鉄の大和八木駅前の安宿に泊まり、明日香を見て回ったが、それだけでしかなかった。それでも、本で読み、いくつかの論文で知った明日香の史跡を、自分の眼で確かめることのできたその時の興奮は忘れられない思い出である。
だが、事前の勉強不足が、見るべき景観を見落とし、探るべき地を素通りさせてしまったのである。この経験は、大切であった。大学院の頃の踏査は、この失敗をバネとしている。
私が学部ゼミナール生と一緒に廻る奈良や京都への合宿は、こうした踏査を基本にした史跡見学である。
だが、奈良、京都での合宿と聞くと、ゼミ合宿1年目の2年生の多くは、私をガイドにみたて、「観光」と勘違いする。それでは、歴史学専攻で古代史を学ぶ意味がない。私の失敗を学生に体験させる必要はないのである。
したがって、懇切丁寧なガイドをするのであるが、彼らは、歴史的に意味のある現場に来ていることを充分に理解できていないことが多い。それでも、私と異なるのは、彼らは、4年までの間に、史跡見学を3年間経験するのである。
ゼミナールでの史跡見学は、2・3年生を私が引率して史跡を見学し、4年生になると、自分のテーマに即した史跡を彼らなりに見て回ることにしている。2年間の史跡見学の知識があれば、少なくとも、私が学部生の頃に経験した「史跡見学」とは異なる見学ができているはずである。
ゼミナール生には、歴史的景観から得られる情報は、読み取る人の力量に規定される、ということを言ってきている。
例えば、明日香の地を自転車で廻ってみても石舞台古墳の石室に圧倒される体験はできても、周囲の地下に埋め戻された多くの遺跡は見えないので、埋め戻された遺跡を知っているか否かで、「嶋」の地域の重要性の理解は決定的に異なってくる。
したがって、私のガイドは、埋め戻された遺跡を知らない多くのゼミナール生を考慮して周囲の遺跡にまで及ぶことになる。これは、史跡見学のポイントに通じるものがある。ここで言う史跡見学のポイントとは、史跡そのものの丹念な観察と周囲の景観にも配慮した史跡の観察である。前者は「点の観察」であり、後者は「面の観察」である。この2つが深まれば深まるほど、史跡見学は面白くなり、新しい古代史理解の着想を生み出してくれる。
とりわけ、「面の観察」を移動しながら行う、面から面への観察を、事前の歴史情報を豊かにして現場に入るならば、必ず予期せぬ発見に遭遇すると思う。機会があれば、是非一度試してみていただければと強く思う。
日本の古代史は、現在、旧来の理解では説明のつかない事実の発見に満ちている。それは、多くの謎としてその解明を待っているが、入念な準備をして現地を歩くことで、謎解明の糸口を見つけ出すことも充分に考えられるのである。