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シリーズ われらイキイキ専修人
デアゴスティーニ・ジャパン代表取締役社長 大谷秀之
週刊や隔週刊で、ある分野の本格的な知識やハウ・ツーを提供していくパートワーク方式という出版を日本で広めたデアゴスティーニ・ジャパン。テレビCMなども積極に行っているため、ご存知の方も多いと思う。その社長を務めるのが大谷秀之。
専修大学在学中に難関公認会計士資格試験に合格、35歳までに会社のトップに立つという目標を定め、それも実現してきた。すべては、“好きなこと”に“期限付きの目標”を持って取り組んできた結果だ。
大谷秀之 おおやひでゆき
1953年生まれ。群馬県太田高校卒。1974年専修大学在学中に公認会計士試験に合格。アーサーアンダーセン会計事務所などを経て、イギリスに1年間語学留学。その後、インテル・ジャパン、ワーナーホームビデオなどを経て、2003年デアゴスティーニ・ジャパン社長就任。
1日10時間の勉強、公認会計士に現役合格
大谷は高校3年生のときに、会社を経営している叔父に公認会計士という職業があるという話を聞いた。調べてみたら、すごい収入がありそうだった。「あ、これをやろう」と会計士を目指し、専修大学会計学科に進学する。
「大学に入って、公認会計士を目指しながらも、1年半ほどは友だちと遊んだり、授業に出たり、本を読んだりというような普通の大学生の生活を送っていました。2年の後半のときに、大学の先輩の会計士をたまたま知る機会があって、それをきっかけとして試験勉強を始めました。それまで勉強の方法もまったく分からなかったので、とにかく先輩や、友人たちに勉強の方法を教えてもらい、それを真似て、自分に合わないところは工夫して――そういった生活を2年ほど続けました」
2年間、大谷は1日10時間勉強し続けた。何かを得るためには犠牲を必要とする。大谷が公認会計士の資格を得るために費やした時間は、他の学生が謳歌した野放図な青春の時を犠牲としていたのかもしれない。その苦労が報われる保証はどこにもなく、不安に思うこともあったが、努力はきっと報われると自分に言い聞かせた。その結果、大学4年で公認会計士試験に合格した。
期限付きの目標をもって働く
就職して1年目で会計事務所は吸収合併され、それを機に別の会計事務所へ転職する。大谷がここで学んだのは、会社は社員のことは考えてくれないということだ。自分に力をつけなくてはいけない、力がないと生きていけない。以前にも増して、仕事にのめりこんでいった。それから4年目、転機が訪れる。
「公認会計士になり、当然のように会計事務所で仕事をしてきましたが、やっていくうちに仕事への興味がなくなってしまったんです。つまり、おもしろくないと思ってしまった。せっかく苦労して資格をとって、会計事務所に入って、経験も積んだが、この仕事に興味がない。どうしようかと半年間悩みました。いろんな人にも相談しましたが、基本的に出た結論は単純です。好きなことをしようと。それは何かといえば、会社のトップに立ち経営をしたいということでした」
大谷は会社のトップに35歳までになろうと考えた。35歳という年齢で会社のトップになるには日本の会社では厳しく、外資系しかないと考え、そのために必要な英語を覚えるためイギリスに1年間語学留学した。
人生には歯車がかみ合うときがある。帰国後、大谷の人生の歯車はぴたりと噛み合った。
「27歳のときに35歳で会社のトップになるというような目標を持ち、そのためには自分でどうすればいいのか、何をするべきなのかということを考えて行動しました。そして、運も良かったのですが、上司から『ワーナーホームビデオの社長をやってくれないか』というお話をいただきました。ちょうどそれが35歳の誕生日の1か月前でしたので、やっぱり目標を持って、それに期限をつけて臨むというのは非常に大切なことだったんだと痛切に感じました」
挑戦する、そして仕事を楽しむ
「私が子どものころ、農業を営む両親は日々忙しく働いていて私もよく手伝わされました。つらかったですけども、親と一緒に仕事ができる楽しみもありました。親とは多くを語りませんでしたが、一緒に働くことが無言のコミュニケーションだったとも思います。大学に入学してからは、親が下宿先を訪れることは一度もなかったです。でも、高校までに親とともに働いた経験は、わたしのバックボーンとなっています」
そして、公認会計士を目指すきっかけを作ってくれた叔父も大谷にとってはかけがえのない存在だ。30代半ばで起業し、会社を経営していた叔父は、同じく経営の道を歩む大谷にとって大きな目標だった。
「昨年、叔父が亡くなるまで、毎年数回は会っていろいろなことを話しましたね。人の生き方を教えてもらったと思います」
大谷には息子と娘が一人ずついる。子どもとはよく話をする父親だという。
「今、息子も公認会計士を目指して勉強していますが、自分のときよりも不安を感じます。でも、親が何と言っても、自分で経験していくしかない。人は経験しないと分からないから。世の中には失敗もあります。いいことばかりじゃない。でも、失敗も成長の糧だと思います。やっぱり若いときはとくにチャレンジが大切です。だんだんと仕事に慣れてくると、惰性になる恐れもあります。私は転職を多くしましたが、もっと新しいこと、もっとチャレンジングなことをしたいということが転職の理由だったんです」
目標を持つ、そしてその目標が達成されたときに次の目標を持つ。35歳で会社のトップになるという目標を果たしたその後も、大谷は新たな挑戦の場を求め続けた。そして、いくつものチャレンジを繰り返し、今がある。現在、デアゴスティーニ・ジャパン社長。社員が能力を高め、楽しく仕事できる会社作りを目標としている。Happy to work?
社員に、そして自分にも問いかけているという。
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