選手としてのピークはまだ先にある
2005年3月、 InternationalSurfChallenge(オーストラリア)
中曽根の朝は早い。朝6時にすでにプールで泳ぎ始め、それを終えると、午前9時前には片貝海岸に出てボードとスキーの練習を行う。夏の海水浴シーズンには片貝海岸で監視活動にも当たっている。
「ライフセービングは夏の海岸を無事故にするのが本当の目的です。競技も実際の救助を想定したものです。“競技No.1はレスキューNo.1”と私達の間では言っています。沖へ出て帰ってくるスピードが速いということは、おぼれている人を救助する能力も高いということです。そういう意味で、ライフセービングの技術は上を目指せば限界がありません」
幼少から水泳を始め、中学、高校では県大会で入賞し関東大会にも出場した。とはいえ、突出した選手だったわけではない。大学では競泳を続ける気はなかった。大学入学時にたまたまライフセービング愛好会に勧誘され、自分の泳力が生かせると思って軽い気持ちで始めた。現在24歳、ライフセーバー暦7年目。
「本場オーストラリアでは一般の人にもライフセービングが身近なものです。子供の頃から競技に親しんでいる人も多く、私くらいの年齢ではライフセービング暦15年とか、そういう人がたくさんいます。自然の中で行う競技ですから単純に体力だけで勝負が決まるわけでなく、風や波を読む能力も必要で、そういったものは経験がものを言うんです」
シーカヤックなど海のカヤック系の乗り物では最速。スピードは出るが、長さが5.8メートルあり、大きな波の中では最も扱いにくい。
中曽根はまだ経験を積んでいる最中、選手としてのピークは先にあると考えている。
「私がライフセーバーの競技者として活躍していくことで、ライフセービングのことをもっともっと多くの人に知ってもらいたいです。今の水難事故は遊泳地域以外で多い。ライフセーバーの作った遊泳地域であれば、私達が救助することができるんですけど。そういうことが、一般の人にも広く認知されれば事故も減ると思います。子供たちに教える活動、自然保護などライフセービングの枠は大きいので色々とやっていきたい」
中曽根の夢は大きい。世界の壁を知ったことで進んだ道、険しいながら“一生懸命やることで得られる楽しみがある”と感じている。専修大学の後輩たちにも、大学時代にそれぞれの“楽しみ”を見つけ出して欲しいという。
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