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110号

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110号 会報「育友」
シリーズ われらイキイキ専修人
ライフセーバー中曽根 麻世
現在、アイアンウーマンレース日本最強。小柄な体に底知れぬスタミナとパワーを秘めて、海外の大柄な選手に挑む。しかし、勝利だけが目的ではない。 日々のハードなトレーニングを支えるのは、「勝利を超えた究極の目的は人命救助である」というライフセーバーとしての信念である。
商学部教授 蔭山雅博
中曽根 麻世(なかそね まよ)
1982年9月15日千葉県八千代市生まれ。私立成田高校より専修大学経営学部経営学科卒業。専修大学サーフライフセービングクラブ出身、九十九里ライフセービングクラブ所属。全日本選手権で2種目制覇など、アイアンウーマンレース国内最強。資生堂「TSUBAKI」のCMにも出演。155p、53s
国際大会での不完全燃焼、そこからの出発

ボード
救助の際、サーフボードより厚くて大きい浮力のあるボードを使う。競技では競技用のボードでパドリングの速さを競う。沖に設置されたブイをパドリングで回る。中曽根が最も得意とする。
日本代表として国際舞台に立ったのは、大学卒業を間近に控えた2005年3月だった。オーストラリアで行われた大会InternationalSurfChallengeに22歳以下の日本代表として参加した。そこで中曽根は世界の壁を思い知らされることになる。 「日本はそのときは惨敗でした。帰国してからいったんは一般企業に就職しましたけど、すぐに退社して、本格的にライフセーバーとしての生活に入りました。あの大会の結果に満足できなかったから、ライフセーバーとしてもっと真剣に取り組みたいと思ったんです」


日本国内ではまだマイナーなライフセーバー。スポンサーからの経済的援助も乏しく、一線で活躍する中曽根ですらスイミングスクールの指導員などのアルバイトで生活を支えている。そんな状況は最初から分かっていたことで、中曽根がライフセーバーの道に進むと言ったとき周囲から聞かれたのは反対の声ばかりだった。

「正直言って、すごく悩みました。親には一番最後に話したのですが、反対されていたら、この道に進んだかは分かりませんでした。親の後押しがあったからこそここまで来られた気がします」

目指すはアイアンウーマン世界一

2006年10月、 全日本ライフセービング選手権大会
2006年10月、 全日本ライフセービング
選手権大会。 前列右から2人目。
ライフセーバーの活動は日本ではまだあまり知られていない。

ライフセーバーは海での監視を行い、事故の防止に努め、実際に事故が起こったときに人命救助に当たる。そのために日頃からトレーニングを欠かさず、救助に必要な技術を磨いている。

そして、その救助技術を競い合うことでより高めていこうと開催されているのがライフセービング競技だ。アイアンマンレース、ビーチフラッグスなどの海で行われるサーフ競技12種目と、プール競技9種目がある。

中曽根が得意とするのはアイアンウーマンレースだ。スイム、ボード、サーフスキーの3種すべてで沖に設置されたブイを回って帰ってくる、トータルの速さを競う競技だ。ライフセービング競技の中でも注目度の高い花形種目である。

中曽根は全日本選手権アイアンウーマンレースを2連覇するなど、国内においては圧倒的な強さを誇る。目指すは国際大会での上位進出だ。

「2006年のオーストラリア世界大会では14位の成績でした。ようやく世界の背中が見えてきたという状況です。次の2008年のドイツ世界大会でベスト10入りを目指しています」

選手としてのピークはまだ先にある

InternationalSurfChallenge
2005年3月、 InternationalSurfChallenge(オーストラリア)
中曽根の朝は早い。朝6時にすでにプールで泳ぎ始め、それを終えると、午前9時前には片貝海岸に出てボードとスキーの練習を行う。夏の海水浴シーズンには片貝海岸で監視活動にも当たっている。

「ライフセービングは夏の海岸を無事故にするのが本当の目的です。競技も実際の救助を想定したものです。“競技No.1はレスキューNo.1”と私達の間では言っています。沖へ出て帰ってくるスピードが速いということは、おぼれている人を救助する能力も高いということです。そういう意味で、ライフセービングの技術は上を目指せば限界がありません」

幼少から水泳を始め、中学、高校では県大会で入賞し関東大会にも出場した。とはいえ、突出した選手だったわけではない。大学では競泳を続ける気はなかった。大学入学時にたまたまライフセービング愛好会に勧誘され、自分の泳力が生かせると思って軽い気持ちで始めた。現在24歳、ライフセーバー暦7年目。

「本場オーストラリアでは一般の人にもライフセービングが身近なものです。子供の頃から競技に親しんでいる人も多く、私くらいの年齢ではライフセービング暦15年とか、そういう人がたくさんいます。自然の中で行う競技ですから単純に体力だけで勝負が決まるわけでなく、風や波を読む能力も必要で、そういったものは経験がものを言うんです」

2006年10月、 全日本ライフセービング選手権大会
シーカヤックなど海のカヤック系の乗り物では最速。スピードは出るが、長さが5.8メートルあり、大きな波の中では最も扱いにくい。
中曽根はまだ経験を積んでいる最中、選手としてのピークは先にあると考えている。

「私がライフセーバーの競技者として活躍していくことで、ライフセービングのことをもっともっと多くの人に知ってもらいたいです。今の水難事故は遊泳地域以外で多い。ライフセーバーの作った遊泳地域であれば、私達が救助することができるんですけど。そういうことが、一般の人にも広く認知されれば事故も減ると思います。子供たちに教える活動、自然保護などライフセービングの枠は大きいので色々とやっていきたい」

中曽根の夢は大きい。世界の壁を知ったことで進んだ道、険しいながら“一生懸命やることで得られる楽しみがある”と感じている。専修大学の後輩たちにも、大学時代にそれぞれの“楽しみ”を見つけ出して欲しいという。