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旅行記 オーストラリア一人旅のススメ
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金子 清美
金子 清美(H9卒)
1974年生まれ。法学部古川純ゼミ、1997年3月卒。1997年千代田生命保険(相)入社。2000年にワーキングホリデーで西オーストラリア州パースへ渡豪、現地の出版社で働く。2001年に帰国後、外資系生命保険会社に勤務するが2003年再び渡豪。2004年に帰国後は外資系証券会社勤務を経て、現在は国内系証券会社に勤務。社会人生活のかたわら、アジア・オセアニアを中心に北米、中米等を旅する。
写真
私がオーストラリアのパースに渡ったのは2000年の夏の終わりだった。別に現地に知り合いがいたわけでもなく、英語が得意なわけでもない。ただ、人生で一度くらい海外暮らしをしてみたかった。西オーストラリア州のパースに住んだのは、単に自然が多く、美しい町だと聞いていたからだった。

オーストラリアでの生活で、私は日本では決して経験できないようなことをたくさん経験した。そのことは、その後の私の人生観にかなり影響を与えていると思う。色々と書きたいことはたくさんあるが、今回はその中でも特に楽しかった一人旅について、若者向けのツアーを中心に紹介したい。
「今日は川沿いを歩くよ」といわれて、いったのはこんな場所。一時間以上もこの姿勢で歩いた
「今日は川沿いを歩くよ」といわれて、いったのはこんな場所。一時間以上もこの姿勢で歩いた
2001年6月、私は大きなバックパックと寝袋を持って移動距離10,000km以上、数か月に及ぶ一人旅に出た。よく一人旅は孤独だとか、危険だという声を聞くけれど、私の経験からいえば常識のある行動をしている限り特に危険はない。また、旅先には同じように一人旅をしている世界中の若者がたむろしているので、たとえ片言の英語でも、仲間に加わろうとさえすれば、友達と旅するよりもたくさんの出会いがある。

それにオーストラリアにはバックパッカー(リュックサックを背に世界中を旅している若者)向けのツアーがたくさん有り、この手のツアー参加者はほとんど一人旅なので、大概はすぐに打ち解け仲間になってしまう。ツアーに参加するには相当の体力と、ある種の覚悟が必要だとは思うけれど、人生の中で一度は経験する価値があると思う。
無茶が多ければ多いほど楽しいツアー
バックパッカー向けツアーの良いところの一つは、その参加者がとても国際色豊かなことだろう。私が参加したツアーでは、英国人をはじめ欧州系の一人旅の若者が多かったけれど、ほかにも北米や南米からの旅人もいて、細かく見ればその国籍は様々だった。うまく解け込めるか不安に思う人もいるけれど心配はいらない。どのツアーにもガイドが必ず付いているので、彼らがうまく全員をまとめてくれる。このガイドは、いわば観光ガイドを兼ねた「多国籍若者チーム」のボスのような存在で、多少スパルタ式なところがあるけれど非常に頼りになる。

ツアーの内容は、元々ある程度体力に自信のある若者しか参加していないので、日本人的には無茶としか思えないことを日常的に行う。むしろ無茶なこと以外はほとんどやらないと思っていいくらいだろう。毎日とにかく歩いて、泳いで、時々ロック・クライミングをしたり、滝壷に飛び込んだりする。経験からいえば、この手のツアーでは無茶が多ければ多いほど楽しいし、設備の整った宿泊施設に泊まるより、野宿の方が絶対に面白い。

私の見た限り、普通の体力でも無理なくこなせるツアーには日本人も結構いたが、野宿主体のハードなツアーになるほど欧州系しかいなくなってしまう。私は体力と脚力には自信を持っていたので、好んでハードなものばかりを選んで参加した。そのお陰でツアーメンバーの中では唯一の日本人となることが多く、他のメンバーには積極的に話しかけてもらえた。
足蹴りで滝壷に落とされる
時にはテントにも入らず野原で寝ることも
時にはテントにも入らず野原で寝ることも
ではツアー中は一体どんなことをするのか。色々紹介したい話はあるけれど、私自身最も思い出に残っているキンバリー高原でのツアーを紹介しようと思う。思えばこのツアー中、私はほぼ毎日「ここで死ぬか、死ぬ気で〇〇するか好きな方を選べ!」とガイドから究極の選択を迫られていた。

初日はさておき、ツアー中の一日は基本的に夜明けとともに始まる。朝5時頃、夜明けが近づくと皆勝手に起きるか、ガイドに叩き起こされ、パンと紅茶やコーヒーの軽い朝食を済ませる。このパンは通常キャンプファイヤーの火でトーストするので、一瞬の油断が貴重なパンを黒焦げにするだけでなく火傷の危険を招くが、朝から緊張するのでよい目覚ましにはなる。そして朝食が終わったら、テントと寝袋をたたんで全員バスに乗り込み、その日の目的地へと出発する。目的地に着くと、水やタオル、カメラなど最小限の荷物だけを小さいバックパックに入れて、いざ冒険の旅へ。

キンバリーでは2日目にまず「ここで死ぬか…」の選択を迫られた。この日は朝から道なき道を進み、ある大きな滝を目指して川沿いにかなり険しいハイキングをしていた。そして歩き始めてから約2時間後、お目当ての滝の上流部にあたる崖に突き当たった。崖の上からではよく見えないが、下から見ると川は見事な滝となっている。

「着いた!」と喜ぶのもつかの間、後ろから「飛び込むぞ」とガイドの声がした。「ここに?」と尋ねる私に、彼は「他にどこに飛び込む気だ」と一言。ちなみにこの手のツアーでは一日に何回も川や池に飛び込むので、皆下着代わりに水着を着ている。したがって「飛び込め!」と言われれば、いつでも飛び込めるのだ。また、オーストラリア北西部の大自然が残る地域では、ほとんどの川に橋はない。なので川を渡るときは、通常は車ごと川に突っ込むか、場合によっては歩くか泳いで渡る。

川に入ったものの怖気づく私に、ガイドは「ここで死ぬか、死ぬ気で飛び込むか、好きなほうを選べ!」と怒鳴り、そして間髪いれずに「お前がそこで何時間そうしていようとお前の勝手だが俺たちは先を急ぐんだ。そこをどけ!」と私を足蹴りで滝壷に落とした。「キャ〜!」と悲鳴を上げて落ちる私。でも大丈夫、先に滝壷に飛び込んでいた英国人青年が、ちゃんと私の体を捕まえて水面まで引き上げてくれた。上を見るとガイドが笑顔で私と英国人青年に「清美、マークよくやった!」と叫んで、自らも滝壷に飛び込んだ。そして滝壷で休憩もかねてしばらく遊んだ後、もと来た道を再び歩いてバスまで帰り、ランチを食べた。
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