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109号 会報「育友」
専修コミュニティ
シリーズ 私は、今の学生をこう捉えて、こう接する
授業、ゼミを通じての学生との交流
法学部教授 家永 登
法学部教授 家永 登
民法(家族法)、医事法を専門とし、研究テーマは家族法(なかでも親権法)と医事法との交錯する領域。具体的には、未成年者に対する医療行為の同意権者や、補助生殖医療の実施に関する法規制など。著書は『子どもの治療決定権』(日本評論社:H19年)のほか、いずれも共著で『注解法律学全集民法10相続』(青林書院:H7年)、『ケースブック医療倫理』(医学書院:H14年)、『家族革命』(弘文堂:H16年)、『現代生殖医療』(世界思想社:H17年)など。担当科目は法学の基礎I、親族法相続法、ゼミナールほか。
専修大学に入ってよかった!

教師が学生と接する機会の大部分は講義を通してである。専修大学法学部の講義形態は、100名以上の大人数の学生を対象に大教室で行われる講義と、最大でも30名程度の学生を対象にこぢんまりとしたゼミ教室で行われるゼミとがある。大教室で何百人という受講生を相手にする講義では、一人ひとりの学生に対して、ルソーのエミールのように接することは不可能である。講義の終了後に、教壇に質問にやってくる学生に答えたり、他愛もない話をしにくる学生と雑談をするのが精一杯のところである。

講義の際に私が心がけていることは1つだけ。「“専修大学に入学してよかった”と学生たちに思ってもらえるような授業をしよう」ということである。実は、私の家内は、田舎の高校を卒業して東京のある私立大学法学部に進学した(専修ではない)。ところが、ようやく受験勉強から解放され、心躍らせて臨んだ授業の内容に失望させられたという。ある教師に至っては有名教授の教科書のほぼ棒読みのような授業だったらしい。「こんな授業を聞くために、苦しい受験勉強に耐えてきたのではない」と憤りを感じたというのだ。そして、雑誌編集者から転職して大学教師になった私に向かって、「この先生の授業が聞けただけでも、専修大学に入って良かった」と学生が思うような授業をしなさい、と言うのである。

家内に言われるまでもなく、私も学生時代に大変に面白い授業とつまらない授業を経験している。私が学生時代に一番面白いと思った授業は、実は法律関係の科目ではなく、教職で履修した教育心理学であった。その先生は、もっぱらサルの「学習」について語っておられたのだが、いかにも教育心理学という学問が楽しくて仕方ないという先生の思いが伝わってくるような授業だった。語り口も軽やかで、聞いていて心地よかった。出席など一度も取らなかったが、たぶんすべての授業に出席したと思う。私は、「教師は噺家、研究者は物書き」だと思っている。大学の教師は研究業績によって、つまり物書きとしての能力を評価して採用されながら、仕事では噺家であることを要求される。何年修行を積んでも噺家になれない物書きは残念ながらいるのである。いまだに私が受けた教育心理学の先生のレベルには達していないが、学生の心に伝わる話し方をしたいと心がけているのだが…。

私のゼミは“癒し系”?

専修大学法学部では、2年生に対する「基礎文献講読」や「基本科目演習」、3年生以降の「ゼミナール」などを開講して、少人数の学生と教師とが双方向で勉強をする機会を設けている。私は民法のなかでも家族法を専攻しているので、ゼミも「夫婦・親子の法律問題」をテーマに掲げているが、以下ではゼミにおける学生と私との交流について語りたい。

私のゼミは教師と現役ゼミ生による面接によってゼミ生を選考している。選考の基準ははっきりしている。家族に興味をもっていることと、積極的に発言できる学生であること、の2つである。ゼミでは、家族をめぐる様々なテーマについて積極的に自分の意見や感想を発言し、ほかのゼミ生の意見を聴き、自分の意見を修正することができることが重要だからである。

ゼミにはそれぞれ特徴や雰囲気がある。資格試験や法科大学院の合格を目標にみっちりと勉強をするゼミもあれば、勉強を媒介としたサークル的な雰囲気のゼミもある。私のゼミはどちらかといえば後者に属するようで、「癒し系」ゼミなどと称するゼミ生もいる。私自身が大学生時代に所属していたゼミの先生は関西弁で、人なつっこい語り口でお話しされる先生だった。不勉強な初学者の思いつきの発言などにも耳を傾けてくれたし、何といってもゼミ生が発言をしやすい雰囲気をもっておられた。私もそのような恩師に倣って、発言しやすい雰囲気を作りたいといつも思っている。

知らぬは教師ばかりなり…

ゼミの夏合宿(山中湖、2005年夏)
ゼミの夏合宿(山中湖、2005年夏)
ところで、専修大学に着任して7年目の昨年暮れ、はじめて私のゼミの卒業生同士が結婚した。新婦が新郎の1年先輩である。ふたりのなれそめは、私のゼミでの出会いにあったのだが、披露宴における友人たちのスピーチによって、ふたりのゴールインまでの道のりを私ははじめて知ることになった。

私のゼミでは、4月からの新学期に新ゼミ生の3年生が初めて報告する際には、4年の先輩ゼミ生がチューターとして付いて、判例や参考文献の検索方法、レジュメの作成、報告時のプレゼンテーション、質疑応答などを助言することにしている。そして、数年前、当時3年生の新郎が初めてのゼミ報告をするときに、私がチューターに指名したのが4年生の新婦だったらしい。私にはまったく記憶がないのだが。

第1回目のゼミ報告をサポートしてもらううちに、新郎は新婦の頼もしさに惚れ込んで、さっそく5月の連休には上野動物園にデートに誘ったのだという。ずいぶん古風なデート・スポットだが、いかにも純朴な新郎らしい場所である。そして彼はおずおずと先輩である彼女の手をつないだのだが、彼の(彼女のではない!)手のひらは緊張で汗ばんでいた。そのとき彼女(彼ではない!)は「ずいぶん純情な子なんだなあ」と思って彼を好きになったという。ゼミが始まって1か月足らずの間にゼミ生である彼と彼女との間にそんなことが起こっていたなど、ゼミ生の間では薄々感づいていた者もいたらしいが、私はまったく知らないでいたのである。

そういわれてみれば、思い当たる節はいくつかあった。彼はサッカー部に属していたのだが、夏休み中も朝練があるので、山中湖でのゼミ合宿に参加できなかった。しかし、彼は朝練を終えてから、サッカー部の仲間のクルマで山中湖のセミナーハウスにやってきたのである。そし て、夜10時近くにバーベキュー大会が終わると、翌朝の朝練のために再び仲間のクルマで生田に帰っていった。そのとき私は「わざわざ日帰りでゼミ合宿に参加するとは、彼もずいぶん私のゼミが気に入っているのだな」と思ったのだが、何のことはない、彼が気に入っていたのは私ではなく彼女だったのだ。

ゼミの時には、なるべくゼミ生が発言しやすい雰囲気を作ろうと自分の学生時代の失恋話をしてみたり、誘われればコンパに出向き、時にはカラオケにも付き合ったりしていたのだが、本当のところは、ゼミ生たちのほうが、私に調子を合わせて付き合ってくれているだけかもしれない。