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会報「育友」
シリーズ 学生の挑戦
早くから目標を定め難関公認会計士試験に現役合格
新井 聖一くん
公認会計士試験は司法試験と並んで、最難関の国家資格です。
合格率9%程度ともいわれる難関試験に、新井くんは大学3年で見事合格しました。
そんな新井君が公認会計士を目指したのは高校2年のとき。
早い時期から明確な目標を持って取り組んできたことが実を結びました。
目指したきっかけ、勉強への取り組み、合格発表日のこと、親への思い、そしてこれから…。
新井くんの今の率直な思いを書いてもらいました。
公認会計士とは?
公認会計士は監査及び会計のプロフェッショナルとして、法律により財務諸表の監査業務に携わることが認められています。その業務は監査、会計、税務、経営コンサルティングなど多岐にわたります。
子供は『好奇心』が最高の武器
少年時代は賢くもなければ勉強ができたわけでもない。取り柄といえば健康なことと、習い事や部活動をやり続けたことぐらいである。そんな奴だったから公認会計士になりたいと言ったときは当然周りからは反対された。
そもそも、目指したきっかけが安易であった。高校2年のとき、たまたま日商簿記2級に合格し、自分は簿記の才能があると勘違いしたことが簿記試験の最高峰への道に誘導した。また、税理士より高収入ということも一要因であった。今思い返してみれば有り触れた動機である。
「周りは?」ではなく「自分は?」で考えるのはいい意味で自己中心的
受験勉強のときに心掛けていたことは目標を常に意識することであった。「何時間勉強したか?」ということよりも、「今日の課題とされる勉強内容を習得できたか?」ということを勉強終了後に振り返る。これを繰り返しているうちにほとんどの課題が習得できた。しかし、これをどんなに繰り返しても避けられないものがあった。ケアレスミスである。これについては今でも対処法が思いつかない。
受験時代に最も思い出のあることは次のことである。本試験2日目の開始1時間前に突然お腹が空いた。周りは最後の追い込みに必死で資料を読んでいる。しかし、空腹では頭が働かんと近くのファストフード店にフランクフルトを食べに行ってしまった。これが合否にどう影響したかは定かではないが、この日の出来はかなり良かった。腹が減っては戦はできぬとはこのことであろう。
岐路の11月20日
合格発表日の当日は雨。思い返してみれば、家族に自分の口から一番に合格を報告したい一心で勉強してきた。だから家族にも受験番号を教えていないし、当日は携帯の電源を切って合格発表会場へ向かった。
実家は電車で2時間くらいのところであるため合否を確認して帰ると正午くらいに着くことができる。田園風景を見ているうちに懐かしい場所へ到着した。一番は祖母に合格を知らせたが、その後両親に合格を知らせたときはわりと冷静だったのが予想外であった。
東京・実家間の往復は、いつも帰省するとき以上に疲れを感じていた。いつも以上に疲れていたのは、公認会計士試験を合格した者として、今までとは比べものにならない責任の重さも背負って帰って来たからではないだろうか。朝には雨が降りしきっていたが、午後になるとすっかり夕焼け空だった。
家族に一番に報告したい理由
私の実家はあまりお金があるほうではなく大学の授業料も奨学金を借りて支払っている。そんな状況でも受験勉強を続けさせてくれた両親には言葉にできないほど感謝している。思い返せば、私が大学入学のときはいちばん家計が苦しかったころである。私自身も大学に行くのは両親に申し訳ないと感じていたが、母はむしろ私に大学に進学してほしいと言っていたのを今でも覚えている。さらに、私が会計士になりたいと言ったことにも反対せず後押ししてくれた。可能性が低いにもかかわらず、応援してくれた両親の優しさは一生忘れることができない。
今後の方向性について
「どんな会計士になりたい?」と聞かれることがあるが、私自身よく分からないのが本音である。会計士を目指したきっかけのように、ふとしたことが人生を大きく変えることがある。だから、具体的にどの分野でどのような活躍をしたいかは定かではない。特に、私の携わる分野は変遷の周期が早いため、それも一要因である。しかし、今後については何も考えていないわけではない。今後は以下の点を意識していきたいと思う。
まず第一に何に対しても積極的な姿勢を示したい。様々なジャンルに好き嫌いなく関わるようにしたい。第二に自分の進むべき方向性を決めたときは、その道のプロフェッショナルになりたいと思う。ただのプロフェッショナルではなく最前線で活躍するプロフェッショナルである。
寄稿 商学部4年
新井 聖一
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